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風とビスコッティ

第3回ゴールデンエレファント賞受賞「クイックドロウ」作者です。ある日ブログのタイトルを思いついたので、始めることにしました。できれば世の役に立つ内容を書き記していきたいと思っています。

台湾の目が覚める豆漿屋と入りにくい居酒屋と

10年くらい前か。「鬍鬚張魯肉飯」という台湾のお店が渋谷に出店していて、そこで生まれて初めて魯肉飯(ルーローハン)を食べた。八角の効いた豚肉の細切れをこってりと煮込み、白飯にざっぱとかけたファストフードだ。美味すぎて、腰を抜かしかけたのを覚えている。

 

残念ながら「鬍鬚張魯肉飯」は日本から撤退してしまったので、僕はしばらく魯肉飯を食べる機会に恵まれなかった。再開したのは四年ほど前に、台湾に行った時だ。

そしてその時に思い知ったのだ。

魯肉飯はほんの一片だったのだと。クルクルと回る万華鏡のような台湾グルメを、垣間見てきた。

 

目が覚めるような黄色い机で目が覚めるような朝食を

台湾に行ったら朝食は豆乳と揚げパンを食べるべし、とあらゆるガイドブックや観光サイト、個人ブログからSNSにまで書き尽くされている。ここまで明瞭な行動指針に従わないのは、サムライが武家諸法度を無視したりハリーポッターダンブルドア校長の助言を聞かないのと同じことだろう。

そこで台湾(台北)に着いた最初の朝は素直に豆乳を食べに行った。正確には豆漿(ドウジャン)だ。

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世界豆漿大王

104 台湾 Taipei City, Zhongshan District, 林森北路310巷27號

 

 台北のあちこちで豆漿屋を目にする。どの店も朝早く開いて、多くの人でにぎわっている。ずらっと行列になってる場合もあるが、持ち帰りの客も多いからそこまで待たされることはないだろう。 

 基本的には豆漿(豆乳)と、パンの類の組み合わせで注文することになる。

「世界豆漿大王」では温かい豆乳に砂糖をぶち込んだ普通の豆漿と、豆乳に酢をまぜておぼろ豆腐状にし、トッピングを混ぜた「鹹豆漿」。そしてパン生地に炒り卵を挟んだ「蚕餅」を食べた 。中でも鹹豆漿は絶品だった。

そして、テーブルは目も覚めるようなケバケバしい黄色だった。

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※<豆漿屋では高確率で猫に遭遇する気がする。

台北で、それなりに観光客が訪れるような立地の豆漿屋には、日本語メニューを置いてあることが多い。だけど例え和訳されたとしても、味が想像できないメニューというのは存在する。例えばこのビニール袋に入った「焼餅油條」だ。

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「焼餅」は小麦粉を練って焼いたいわゆるパンであり、卵や肉類を挟んで食べる。そして「油條」は棒状に油で揚げた揚げパンだ。

パンで揚げパンをサンドイッチしているわけである。炭水化物+炭水化物どころの騒ぎではない。全てが小麦粉からできているという意味では、まるでマクドナルドのグラコロバーガーのようだ。

実際に食べてみたのだが、「揚げパンをパンで挟んだ物を食べた」という以上の感想は無かった。 ぱさぱさして喉が渇き、やたらとお腹が膨れた。たぶん、そのまま食べる以外に食べ方があったのだろう。

今度行った時は店の人に食べ方を聞いてみよう。台北の人々は大概、親切だった。例え日本語が話せなくとも、何とか意思疎通を試みてくれる。

 

そもそもなぜ豆乳なのか

台湾の豆漿屋があまりに素晴らしかったので、帰って来てから豆乳について少し調べてみた。豆乳と言えば、豆腐を作る前工程でできる液体である。それがなぜ台湾であそこまで普及しているのか不思議に思ったのだ。

だが僕は勘違いをしていたようだ。最近流行りのクールJAPANに感化され、日本文化が世界の中心だと思い込んでいた。つまり世界で愛されている豆腐(TOFU)は日本料理なのだから、豆乳も日本発祥なのかと漠然と考えていたのだ。

 そんなわけないですよね。

 豆腐の発祥について、詳細は諸説あるとされながらも、基本的には中国が起源らしい。中国の古い書物本草綱目」によれば漢の時代の劉安と言う人物が考案したことになっているが、歴史考察的にはちょっと怪しくてもう少し後期では?みたいなことが言われているとのこと。

詳しくは、以下のリンクから。

 豆腐の歴史|豆腐のことなら全豆連

日本豆腐協会│豆腐の歴史

 豆腐について調べていて気になったのが、上記にリンクしている「全豆連」と「日本豆腐協会」の関係性。どちらも豆腐に関する業界団体だが、前者は「国から認可された唯一の豆腐の業界団体」と名乗り、後者は「日本を代表する豆腐製造業者から成り立っている組織」と名乗っている。何と言うか、豆腐界におけるオーソリティを競っているようにも見える。「王将」対「大阪王将」と言おうか、分裂した極真会館と言おうか。

ここはひとつ、世界にTOFUを発信していくためにも、豆腐界全体で仲良く結束して欲しいものである。すき焼き鍋でぐつぐつと煮ても崩れない、しっかりとした木綿豆腐のように。

  

台北最後の夜に、入りにくい居酒屋へ

話は台湾滞在記に戻る。

台湾には全部で五日間ほど滞在した。お馴染の九フンに行き、夕日の綺麗な淡水を見て、猫に占拠された猫村を訪問した。 

滞在期間中の満足度を聞かれたら「この上なく楽しい」と「もうサイコー」の間くらいだったと答えたい。飯は安くて美味く、人は親切だ、様々な見どころがあった。

最後の夜はホテルの裏にある居酒屋に行った。路地裏にポツンとある小さな店で、ガイドブックに載ってるわけでもない。店の看板もあるんだかないんだか分からない。NHKの人気番組「世界入りにくい居酒屋」に出てきそうなハードルの高い店だった。

だけど店頭には、いかにも美味そうな魚介類が並んでいる。 

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訪れたのが早い時間帯だったので、そもそも店が開いてるかどうかも怪しかった。店頭にいた日本語を解さない店主と身振り手振りで会話し、店内へ通される。

 

店内はテーブルが六席くらいのシンプルな食堂。壁際に大きな冷ケースがあり、そこからビールや飲み物を勝手に取り出すスタイル。

そしてメニューが無い。

再び店頭に出て店主に話しかけると、ニカッと笑って「何食う?」みたいな顔をする。店頭に並べられた魚介類を指さしながら、食べたい魚と、調理法を指定する。

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注文したのは大きなうちわエビと、牡蠣オムレツ、蒸し魚等々。いずれも美味かった。お互い言葉が通じないのに、どうやって細かく調理法が指定できたのか、今となっては謎だ。

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 店はほどなくして混み合って来た。仕事帰りのサラリーマンが入店してきて、次々とビールを開けていく。かと思えば少し年配のおば様たちが団体で入店し、乾杯を始めた。メニューは見当たらないが、炒飯を注文している人もいる。旅で通りかかった観光客にはわからない作法があるのだろう。

地元の人たちに混じって台湾ビールを飲みながら、僕は満足だった。これがNYサウスブロンクスの裏路地だったら、恐ろしくて足を踏み入れることはできなかっただろう。

治安がよく、人懐っこい台湾だからこそ堪能できた一夜だった。

 

欲を言えば、シメには炒飯が食べたかったのだが。