キーウエストと、ヘミングウェイ・キャットのたるんだウエストと
「老人と海」や「誰がために鐘は鳴る」で有名なアーネスト・ヘミングウェイ。かの文豪が愛したフロリダの島キーウエスト。聞けば、そこには六本指の猫たちがいるという。指が多い猫は船のロープをしっかり掴むことができるため、船乗りたちの間で幸運のシンボルとされたとか。
そんなラッキー・キャットたちに会うため、はるばる海を越えてキーウエストを訪れた。これは猫好きも、そうでない方も必読のエントリーなのである。
※ヘミングウェイさん家の猫
海上の高速道路、オーバーシーズハイウェイを抜けて“骨の島”へ。
アメリカ東海岸からメキシコ湾に向け大きく突き出すフロリダ州。その最南端にある群島が“フロリダ・キーズ”だ。東西に百マイル以上にも渡って伸びる小さな島々で、その中心を国道1号線(US-1)が貫いている。この道路は別名“オーバーシーズハイウェイ”。異常に海抜が低く、左右に海が迫る道路が延々と続くため、まさしく海上を走っているような気分にさせられるハイウェイ。
今回はレンタカーを使い、マイアミから陸路でキーウエストを目指した。真っ赤なマスタングで走ること6時間。オープンカーで風を切って走るのはとても気持ち良い。だがフロリダの紫外線はソーラ・レイのように強烈だ。
写真を撮り終わってすぐ、幌を畳んだ。
ちなみにキーウエストは「KeyWest」と表記するのだが、これはもともとスペイン語で「CayoHueso」と呼ばれていたのが、その音だけが残って「KeyWest」に変化したのだそう。Cayoは島Huesoは骨の意味で、すなわちキーウエストとは「骨の島」という意味だとか。
表向きは、だ。
だが真実は歴史の中に隠されている。海を挟んで南に目をやれば、数十マイル先にあるのはキューバだ。かつて冷戦時代にキューバ危機が起きた際、時の政権は極秘裏にとある兵器をこの島に埋設した。西側の勝利の鍵を握るという意味を込め、キーウエストと名付けられたのだ。
そんな妄想を垂れ流しながら、僕はセブンマイルブリッジを渡った。
デュバル通りで食すロブスターサンド。
キーウエストは全長十キロにも満たない小さな島だ。さらに観光地のほとんどは、西側四分の一程度を占めるオールドタウンと呼ばれる地区に密集している。その中心をデュバル通りというメインストリートが南北に貫いており、食事も買い物もその周辺で事足りてしまう。
街の雰囲気は実にのんびりとしている。高齢者を中心とした観光客が多く、大らかな雰囲気で治安もよい。
何と言うか、日本で言えば温泉地みたいな感じだ。
最先端のショップで買い物したり、歴史的価値の高い美術品を見たりはできないが、ぶらぶらと町を歩き、疲れたらその辺のレストランのテラス席で涼むのは楽しい。
絶品だったのはDJ's Clam Shackのロブスターロールだ。 たっぷりのロブスターをデニッシュ地のパンで挟んだサンドイッチは絶品だった。店内は半屋外で、扇風機が一台置いてあるきりのワイルドなロケーションだったけど。
DJ's Clam Shack / 629 Duval St, Key West, FL 33040
ヘミングウェイ家のラッキーキャット。
今やgoogleで「ヘミングウェイ」と検索するとサジェストの最上位に「猫」と来る時代だ。もしかして現代日本でヘミングウェイはただの猫好きなおじさんだと思われているのかも知れない。ひょっとしたら「吾輩は猫である」もヘミングウェイの作だと思われているかも。
だが実際のヘミングウェイは、自ら戦地に赴いた経験をもとに小説を書く肉体派・行動派の作家で、世界中を転々としながら暮らした。ここキーウエストにある「ヘミングウェイの家」もその中の一つに過ぎない。
後に興るハードボイルド作家の原点でもあるという、アーネスト・ヘミングウェイ。その文豪の内面に迫るため、僕はヘミングウェイの家へと足を踏み入れた。入場料は13ドル。太宰治の生家の見学料が500円で、宮沢賢治記念館が350円だったことを考えると、いささか高額な気もする。だが何せ相手は世界のヘミングウェイだ。ノーベル文学賞受賞作家だ。
それに以前、スコットランドで驚くほど空虚なネッシーの博物館を訪れ、6ポンド取られたことを考えればまだ安いような気もする。
ネッシーの実在問題とネッシーランド ~イギリス・スコットランド旅行~ - 風とビスコッティ
足を踏み入れると、キーライムカラーの素敵な邸宅と、広々とした庭。そしてさっそく猫たちが出迎えてくれる。
庭先に、邸宅内に、あちこちに猫が放し飼いになっている。人に慣れている奴もいれば、不愛想な奴もいる。適当に写真を撮りながら、邸宅の中へ。
中にはヘミングウェイゆかりの展示がずらりと並んでいる。そこそこ朝早い時間にも関わらず盛況で、年配の団体客が次々に訪れてガイドツアーに興じている。
ぞろぞろと現れる観光客に微動だにしない、猫たち。展示品のソファーやベッドの上で、堂々と寝転んでいる。
さて、肝心の六本指の猫だが、そう簡単には見つからなかった。
というか、手の大きなそれらしい猫を見かけはするのだが、むんずと掴んで指の数を数えるわけにもいかないから、今イチ確信が持てない、ということだ。
ヘミングウェイの家にはたくさんの猫が飼われているが、全ての猫が触らせてくれるわけではないのだ。
仕方ないから、油断し切って身を任せてくるデブ猫の、たるんだウエストを撫でて満足する。
……まぁ、かわいいから良しとするか。
邸宅の裏側には、猫の飼育小屋がある。ここでは常時五十匹ほどの猫が飼われているそうだ。
木漏れ日の庭でパンケーキと猫とニワトリと。
このエントリーを読んで、もしもキーウエストに行ってみたいと思った酔狂な猫好きがいたとしたら、もう一つお勧めのスポットがある。ヘミングウェイの家からほど近い場所にあるBlue Heavenというガーデンレストランだ。
Blue Heaven / 729 Thomas St, Key West, FL 33040
ここでは木漏れ日の差す中庭で、美味しいブランチを食べることができる。お勧めはパンケーキとエッグベネディクト。
そして庭のあちこちに、猫と鶏がいる。
※というか、キーウエスト(ちなみにマイアミも)にはそこら辺にごろごろと野良鶏がたむろしている。
最後に、ヘミングウェイの家の隣にある灯台博物館も紹介しておこう。
歴史的価値のある灯台を移築し、その由来について説明した博物館。敷地内にある灯台には実際に昇ることができて、非常に高い場所からキーウエストの街並みを一望できる。
絶景だ。
だが同時に、絶叫の源でもある。高い所が苦手な人は決して昇ってはいけない。らせん階段はすっかすかなので、降りようとする時の恐ろしさが半端じゃない。僕は足がすくんで降りるのに難儀した。幸い、他に見学者がいなかったから良かったが、後続の誰かに早く降りるようにと急かされたなら、その相手を忍法もず落としで真っ逆さまに叩きつけかねないほどの恐怖だった。
ほうほうの体で灯台博物館を逃げ出した僕は、入口のところで入場しようとする若いカップルとすれ違った。女性の方が「どうだった?」と目をキラキラ輝かせて聞いてきたので、僕は思わず「素敵な景色だったよ」と答えた。女性は「オーマイガ!凄くクールね!」と興奮を隠せない様子で、彼氏を引きずるように中へ入って行った。
僕は嘘は言ってない。景色は確かに素敵だった。
だけど灯台を昇り切った彼らは、違う意味でオーマイガするのだろう。
すまんね、若者たち。
どっとわらい。