風とビスコッティ

第3回ゴールデンエレファント賞受賞「クイックドロウ」作者です。ある日ブログのタイトルを思いついたので、始めることにしました。できれば世の役に立つ内容を書き記していきたいと思っています。

出来過ぎた日本の自販機と、マイアミに鳴り響いた19ドル90セント

なか卯”で親子丼を食べていると、店の入口で怒鳴り声がした。

ふと見ると、入口近くにある食券の券売機の前で、50歳くらいのお父さんが店員を相手に顔を真っ赤にしている。

手に握りしめているのは一万円札。

「一万円が、使えないじゃないか!」

その券売機には千円、五千円、一万円札対応と書かれていたけど、故障していたらしい。なのでお父さんは店員に怒鳴り散らしていた。

挙句─。

「もういい!親子丼なんかいらん!」

と叫んで店を出て行ってしまう。ベトナムからの留学生っぽい店員が、お父さんの背中を悲しそうな顔で見送った。

いい年した大人が、一万円札が使えないくらいで激昂するその光景を見て、僕は思った。日本は本当に自動販売機大国なのだと。

 

 

賢すぎる日本の自動販売機

よく言われることだけど、日本は海外と比べて自動販売機の普及が進んでいる。治安が良く、人口密度が高いことがその成功の秘訣だと言われている。

 

その一方で、日本人のシャイな国民性も影響してるのでは?と僕は思う。

通勤途中の風景を見ればそれは一目瞭然だ。日本のキオスクでは、手練れの売店のおばちゃんが、小銭と引き換えにスポーツ新聞をシュリケンのように投げて寄越す。会話は介在しない。

だがイタリア人はバールに立ち寄っては、買ったコーヒーが冷めるくらいお喋りを続けるのだ。

 

シャイな日本人は自販機の普及と、進化をドンドン進めることとなった。

日本コカ・コーラはアプリで操作できる自販機(自販機を操作できるアプリ?)まで開発してしまった。

 

c.cocacola.co.jp

 

 数年前からよく見かけるようになった、「acure(アキュア)」という自動販売機も実に日本的だ。これまでモックアップを張り付けていた飲料サンプルを、液晶表示にすることで不要にした。

その上この自販機は顔認証機能を備えており、飲料を購入しようとする人の年齢・性別を識別して「最適な商品をオススメ」してくるのだ。

 

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実に日本的だ。クールで便利、ハイテクだが、ちょっとだけ「いらない」機能を付けてしまうあたりが。

 

ミスを許さない日本人。“出来過ぎ”を“当たり前”に

話は“なか卯”に戻る。

激昂して帰って行ったお父さんについて。

なか卯の券売機は、タッチパネル式の液晶画面を備えたハイテクな奴だ。普通なら、店員の助けなんか借りなくても、スッスとオーダーを済ませられる。

だけどその自販機が故障して、お父さんの一万円札を受け付けなくなった。

やはりこういう時、自販機大国の 国民は怒り出すのだ。

日々ハイテクに囲まれて暮らしているせいで、あらゆる機械が精密・精緻に動かなくては気が済まない。

新幹線が一分遅れると謝罪のアナウンスが流れ出す。

自動改札機にかざしたSUICAの反応が悪くてもイラッとしてしまう。

海外と比較して見れば驚異的な精度で動いている“出来過ぎた”システム。だがそれが日常となっているため、出来て“当たり前”になっている皮肉だろう。

 

マイアミに響いた19ドル90セント

話は変わるが、先日フロリダに行って来た。

燦々と降り注ぐ太陽、のんびりとしたビーチリゾートやキューバ料理の話はまた別の機会に譲るとして、忘れがたい思い出が一つある。

 

一週間ほどの旅行が終わりに近づいたある日のことだ。

財布に釣銭のコインがやたらと貯まっていた。海外の硬貨はパッと見で額面が分かりにくく、買い物の時に使うのを躊躇してしまうからだ。

このコインをどう消費したものか考えていた。小銭を積み重ねてスタバでコーヒーでも買えばいいのだろうが、何となく気恥ずかしい。

そんな時、出かけた先のショッピングモールでスナック菓子の自販機を見つけた。

そうか、自販機なら落ち着いて小銭だけで買い物ができる。

そう考えた私は、財布からコインを取り出して投入し始めた。

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自販機は25セントだけでなく10セントも受け付ける仕様だった。次々にコインを投入し、1ドル60セントほども入れたところで、コインが尽きた。

だが買おうと思ったポテトチップスには10セント足りない。

私は苛々して財布を探ったが、残りは5セント、1セント硬貨しか残っていなかった。

仕方なく、紙幣を入れようと財布を探ると、これまた運悪く20ドル札しかない。まあいいかとそれを突っ込んで、商品ボタンを押した。

 

チャリン、チャリン。

 

機械が動作し、ポテトチップスが棚から押し出されると同時に、釣銭が返却される音が響き渡った。それを耳にした瞬間、ハッとなった。

21ドル60セント投入して、お釣りは19ドル90セント。

日本の賢い自販機であれば、まず19ドル分の紙幣が返却され、続いてコインが戻ってくるはずだ。

だがしかし、耳を打つのはチャリン、チャリンという硬貨が落下する音だった。

これは、まずい。

アメリカのアホな自販機は全額、コインで返却するつもりだ。

財布の小銭を減らそうとしたはずが、圧倒的に増加させて何とする。これではまるで、こぶとり爺さんに出てくる悪い爺さんのようではないか。

慌てて自販機を止めようと、キャンセルボタン的なものを探す私を、さらなる驚愕の事態が襲った。

 

カチャーン、カチャーン。

 

釣銭を返却する音が変化したのだ。

コインが釣銭受けに落下する音が消え、自販機の内部でパーツが動作する音だけが鳴り響く。

これはつまり、自販機の内部に蓄積されていた釣銭が切れたことを意味する。

僕は唖然とした。この自販機は、釣銭が切れたにも関わらず返却動作を止めようとしないのだ。エラーになって止まったりしない。

カチャーン、カチャーン。

 

僕は自販機を叩き、揺さぶり、あらゆるボタンを押した。ちょっと待て、気は確かか?お前(自販機)は釣銭を返したりはしていない。そのカチャーンという音を止めろ。

やがて自販機は19ドル90セント分の返却音をきっちりと鳴らした上で、動作を止めた。

 「お釣り、返しましたやろ?」

そう言って、すっきりとした顔で笑っているように見えた。

私は悔しさに震えながら自販機から商品を取り出した。21ドルもするポテトチップスだ。ソルトビネガー味だったが、むしろ涙の味に思えた。

 

なか卯”で激昂して帰ったお父さんは、一万円札が使えなかったことに激昂して帰って行った。だがマイアミで自販機に20ドルを毟り取られた私からすれば、贅沢極まりない態度に思える。

提供されているサービスが少しくらい不具合を起こしているからと言って、それが怠慢や悪意の類でない限り、少しくらい多めに見る寛容さが必要ではないだろうか。

それが現代日本に心の豊かさと、情緒の潤いをもたらすと信じている。

 

さて、このブログをアップしようとしたが、どうやらスタバのWi-Fiの調子が悪いようだ。この件についてはきっちり店側に抗議してくるとしよう。