風とビスコッティ

第3回ゴールデンエレファント賞受賞「クイックドロウ」作者です。ある日ブログのタイトルを思いついたので、始めることにしました。できれば世の役に立つ内容を書き記していきたいと思っています。

2020年米国大統領選挙と、記憶と記録

先日の沖縄出張でGotoキャンペーンの地域クーポンをもらいそびれたことを、突然思い出した。

米国大統領選挙の投票最終日が明日に迫ったからだ。

何の話だ、となるだろうが、これにはわけがある。出張先で乗ったタクシーの運転手さんとトランプ再選の可能性について激論を交わし、その後で地域クーポンの話になり、そこで初めて自分がそれを貰いそびれたことに気づいたからだ。

大統領選の話になるたび、そのことを思い出して歯噛みする。

 

さてしかし、本稿の主題は地域クーポンではなく、アメリカ大統領選挙の方だ。

下馬票ではトランプ劣勢と伝えるメディアが多いようだが、実際のところはよく分からない。というのも、4年前もメディアはトランプをこき下ろし、ヒラリーが初の女性大統領になるだろうと予測していたからだ。

この時の番狂わせについては、我が兄がメディア(知識層)の見誤りについて書いていたのでそちらを貼っておく。

トランプとバイデンの大統領選挙は、バイデン優位と報道されがちですが、以前のクリントンのように結局はトランプ勝利となるのでしょうか?に対するKenn Ejimaさんの回答 - Quora

 

だがいずれにせよ、前回はトランプの勝利となった。

これには多くの人が驚かされたし、僕も同じだった。理性的に判断すれば、鼻につくところはあったとしても、ヒラリーさんの方が「まともな人」に見えたからだ。トランプさんはジャイアンの悪いとこだけを集めたような人物で、例え大長編の時でも全然助けてくれない感じがした。

そんなトランプさんがなぜ、世界の覇権国家たるアメリカのトップに選ばれたのだろうか。

色んな分析があると思う。

結果的に彼の政権下で経済は活性したし、アメリカとしての強さを取り戻したようにも見える。そういう意味では、この時期の米国のリーダーとして必要な資質を持っていたのかも知れない。この辺りの分析は複雑に色んな要素が絡み合うから、現時点で僕には何とも言えない。

 

だが先日、ある人がトランプさんの強みを「問題をシンプルに言い換え、大衆に繰り返し訴えること」と評したのを聞いて、何となく合点がいった気がした。

現代は政治も経済も複雑に入り組んでいて、正しく伝えようとすれば情報量は膨れ上がり、聞いている方は論点を見失う。

結果「小難しいことを言って民衆を煙に巻こうとしてる」ように見える。

だからこそ時には、例え進次郎構文になったとしても、わかりやすく伝える必要が政治家にはあって、だからこそ、わかりやすく伝える必要があるのですよ。

 

そう言う意味ではトランプさんは無敵に近く、中学生みたいなわかりやすい英語を連呼して、プロレスのマイクパフォーマンスみたいに相手をこき下ろす。テンポよく、感情を込め、俺様がナンバーワンだと宣言する。

そして同じ言葉を繰り返す。

伝わってくるのは、情報というより感情や思いだ。これは意外と強い。情報は処理しないといけないが、感情はぼうっと聞いていても印象に残るからだ。

そしてトランプさんは都合が悪くなれば簡単に前言を翻す。前言を覚えている人からすれば「頭がおかしい」か「病的な嘘つき」ということになるのだろうが、大統領の発言力で連呼することで、ファクトチェックの網を掻い潜って大衆に強い印象を残す。

デジタル化が進み、あらゆる事象がデータで記録されているから、政治家の発言を遡って調べることは比較的容易になった。 

しかし、人間の脳の容量は有限で、無尽蔵に増え続ける記録を全てインデックスしてはいない。そして人の記憶は実に曖昧だ。簡単に忘却され、目の前の印象によって捻じ曲げられる。

だからトランプさんが「自分に都合のいいこと」だけを連呼した結果、ある程度の割合で大衆にそれが事実みたいな「印象」を与えているのだろう。

 

ただそれは、単にトランプさんがズルい、みたいな話ではない。

どちらかと言うと、人間とはいかに曖昧で不合理な生き物か、という話だ。

 

思えばこの春にも、そんなことを思う出来事があった。

 

 

◾️パンデミックと向き合う 

「日本での感染拡大を防ぐための水際対策として、空港でサーモグラフィーカメラによる検温を実施。しかし潜伏期間中の感染者はスルーされるため効果は限定的」

 「感染予防のためマスクが奨励されたが、実はウィルスを防ぐ機能は限定的であることが知られていなかった」

こうした報道を、各種メディアが流したのはいつ頃かお分かりだろうか?

  https://www.cas.go.jp/jp/influenza/images/backnumber/kako/img30.jpghttps://www.cas.go.jp/jp/influenza/images/backnumber/kako/img31.jpg

 

https://www.cas.go.jp/jp/influenza

内閣官房「過去のパンデミックレビュー」より引用

 

↑↑↑↑ 

これ実は、新型コロナウィルスに関してではなく、11年前の新型インフルエンザの流行時の新聞記事だ。僕も当時、立派な社会人だったわけだが、こんな報道がされていたことなどすっかり忘れ去っていた。

そして11年後の今「マスクの予防効果」だとか「水際対策の効果は限定的」だとか、以前と同じ議論を繰り返している。

そのことを煽りではなく、本当に不思議に思う。僕たちはアホなのかと。

だがこれこそが、人間が印象に左右される生き物だという証左だと思う。

記録にははっきり残されているのだ。内閣官房が丁寧にパンデミックの歴史を誰にでも閲覧できるWEBサイトにまとめてくれている。だが人の記憶は曖昧で移ろいやすく、まるで今初めて感染症を見たかのように狼狽している。

そして我々はこれからも同じように、社会が経験した様々な出来事をさっぱり忘れて同じ過ちを繰り返すのだろうか。

 

人類はこれまでも無数の記録を残してきた。神話に、石板に、パピルスに、無数の歴史書に。そして今や世界中で5万9千エクサバイトものデジタルデータが流通しているという。

だが人の記憶は曖昧だ。かつて胸に刻んだ大きな痛みも、日常の些事や印象に左右されやがて薄れていく。

もし人間が遺伝子というデータを未来へ紡いでいくためのストレージなのだと考えたら、本当に精度が低いと言わざるを得ない。情報のインデックスは感情に左右され、そもそも一定に記録されることさえない。

そして最終的には印象に頼って判断をする。

こうして僕たちはきっと、どこかで同じ過ちを繰り返す。

これは何なんだろうと考えることがある。神様はどんな意図で人間をデザインしたのだろうかと。

 

今度の大統領選で、また下馬評をひっくり返してトランプさんが再選したら、僕はこのことについて確信するのだろう。人間は記録された真実よりも、自分が信じたい何かに踊らされるのだと。

 

だが思えば、他の側面もある。

沖縄で地域クーポンをもらいそびれた僕だが、飛行機が1便遅れたことで、オリオンビール沖縄そばを堪能することができた。ほろ酔いで機上の人となった僕は悔しさを忘れ、満ち足りて家路についたのだ。

人は忘却の生き物である。

クーポンを貰えなかった事実は消えないが、僕の沖縄出張は悪くない印象で結ばれることになった。愚かなのかも知れないが、人が逞しく生きるため、それは必要なのかも知れない。

 

ただ、今月また次の出張が控えている。今度こそクーポンを忘れないため、僕はこのエントリーに記録しておくことにする。

どっと笑い。