風とビスコッティ

第3回ゴールデンエレファント賞受賞「クイックドロウ」作者です。ある日ブログのタイトルを思いついたので、始めることにしました。できれば世の役に立つ内容を書き記していきたいと思っています。

林先生の語るやりたい仕事とお好み焼きと四象限マトリクスと

大阪人はお好み焼きを四角く切り分けるのに対し、東京人はピザのように放射状に切り分けようとする。だから喧嘩になる、みたいな記事を読んだ。

僕は四国生まれなので文化圏的には大阪人に近いはずだが、正直どちらもピンと来なかった。
だってお好み焼きって、せいぜい直径十五センチくらいに焼きません?そんなに細かく切り分けたりするっけ?
僕は普通、まず十文字に切り分けて、それを箸かコテで食べることにしてる。

そういう意味では、四角に切り分けているとも言えるし、放射状に切り分けているとも言えるのかも知れない。

そうやって頭の中でお好み焼きを切り分けた時、ふとあることを思い出した。
自分の身の回りで、何でもそうやって十字に切り分ける人たちの話だ。

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■賢しさ自慢の、四象限。

四象限のマトリクスに分ける、という思考の整理法がある。

例えば友達同士で飲みに行く際、どの店に行くか議論になった場合、「高い←→安い」「美味い←→まずい」の軸で分類するみたいなやり方だ。
(もちろん、実際に飲食店の選別に四象限を持ち出す奴とは飲みに行かない方がいい)

例えばマーケティングに関する下図のようなマップは有名で、目にしたことも多いと思う。

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※ボストン・コンサルティンググループというコンサルティング会社が提唱したもの。ボスコンのPPMとか言えばそれっぽく聞こえる。

 

こうやって四象限に区切るテクニックは、コンサル、あるいは自分をコンサルっぽく見せようとしてる人物がビジネスの場で多用するテクニックだ。
議論が白熱し、様々な意見が飛び交い始めると、その場を仕切りたいと思っていたコンサル、もしくは自分をコンサルっぽく見せたい人物が颯爽と立ち上がり、ホワイトボードに向かう。

「ちょっと待ってください、●●が重要なことを言いましたよ。みなさん、これを見てください」
とか何とか言いながら注目を集め、何か考えている振りをしながら力強く十字を描く。

この時に重要なのは、決して丁寧に真っ直ぐな線は描かないことだ。勢いよく、少し乱雑なくらいが適切だ。
あたかもその場に垂れ込めた重々しい難題を切り裂くかの如く。

で、その場に転がった意見を適当にマッピングして、それっぽい意見を述べて月末にはクライアントの目玉が飛び出るような請求書を送りつける、と。

僕は仕事の場で、誰かがこの十字を切る様を何度も、何度も、何度も見てきた。
そのたびに心の中で「おー切ってる切ってる」と思いつつ、右利きの人が力強く十字を切るとカタカナの“ナ”に近くなるんだなとか考えたりしていた。

そしてこの年始、日本全国のお茶の間に送られた盛大な十字の話をしたい。

 


■やりたいこと、できること。仕事の見つけ方。

その十字を切ったのは、日本を代表する教育者タレントの林修先生だ。

テレビ番組「初耳学」の特番、林先生が高学歴ニートに授業をするというコーナーだった。非常に反響があり、ネット上でも色んな感想や意見が上がっていたようだ。

番組の中で林先生は「やりたい仕事がないから働かない」という高学歴ニートに対して十字を切った。

おもむろに黒板へ向かうと、「できる←→できない」「やりたい←→やりくない」の四象限マトリクスを繰り出したのだ。

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ちなみに、この話は実によかった。

林先生はまず、四象限の第一区分(やりたくて、できる)の仕事ができればベストだと伝えた。
そしてそれが駄目な場合に
・第二区分(やりたくないけど、できる)
・第四区分(やりたいけど、できない)
のどちらを選ぶかの説明を始めた。結論は、少なくとも林先生自身は第二区分を選んだ、というものだ。

それはなぜかと言うと、
・「やりたいこと」は、絶対ではなく状況や外部からの情報によって変化する可能性がある
・その一方で「できること」はそう簡単には変わらない
・だとしたら、「やりたいこと」を絶対の指針としない方がいい
という説明だった。

まぁ、異論もあると思うが理にかなった説明だと思った。特に二十代くらいのうちは「やりたいこと」の振れ幅も大きい可能性があるので、この説明は納得感が高いと思う。

僕も番組を見ながら、高学歴ニートの主張に対して自分ならどう答えるか考えていたのだが、林先生の説明に深く頷いていた。別にファンでも何でもないのだが、林先生がこれだけお茶の間の支持を得ている理由を垣間見た気がした。

まぁ、それ以外の受け答えはちょっとサイコパスっぽかったけどね。

 


■……ところで、第三区分はどうなった?

で、ちょっと気になったのが林先生の講義の中でも触れられることのなかった第三区分(できないし、やりたくもない)のことだ。

「いやいや、そこは選択肢には入りようがないから“そもそも選ばない”という確認ができればそれでいいんじゃない?」
という声が聞こえてきそうだ。

それはその通りなのだ。
特に「初耳学」の場合はニートがどんな仕事を選ぶか、というお題だからそこは切り捨てればいい。

だが他のお題の場合、例えば企業が売り出している製品群を何とかしよう、みたいな議論の場ではそんな乱暴な結論は出せない。

ここでもう一度、ボストン・コンサルティンググループのPPMに目をやって欲しい。第三区分の名称は何と“負け犬”だ。こんなところに分布された状態で看過するわけにはいかないはずだ。

だが実際、議論の場ではここは無視されることが多い。

何故か?
話が盛り上がらないからだ。


ここでもう一つ、組織論に関する有名な四つの区分について話したいと思う。

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※ドイツの軍人ハンス・フォン・ゼークトが唱えたと説明されがちだが実際は違うという説もある図

この区分が出てくる時、強調されるのは第四区分の『無能な働き者の危険性』についてだ。

第一区分が有用なのはもちろんだが、二と三も使い方によっては役に立つ、しかし第四区分は無能なせいで間違いに気付かず進んで実行しようと足を引っ張る、という理屈だ。

初めて聞いた時はなるほどな、と思った。
だがよくよく考えると、第三区分もそこそこ問題じゃねえの?と思ってしまう。消去法でいけばその役割を割り振るしかないのは理解できるが、本質的な問題が解決しているわけではない。だけど、第四区分に関する危険性に気付いて感心する一方で、第三区分については無視されがちになる。

なぜなら、この区分に関する話は大抵盛り上がらないからだ。


四象限マトリクスで議論を開始すると、話は第一区分からスタートすることが多い。問題の無いエースや、売れ行き好調なプロダクトについての話は楽しいからだ。

そして議論はすんなり終わり、視点は第二区分もしくは第四区分へと向かう。

どちらも何がしか課題を抱えているが、それをコントロールできればしっかりリターンが得られる可能性がある。
市場成長率が凄く高いが、まだ認知を得られていない新製品をどうやって知らしめるか。
安定して売れているが、成長は頭打ちの製品にどうテコ入れ、もしくは維持するか。

それらについて議論していると、状況が上向く可能性が感じられて話は盛り上がる。
多くの場合「今回の議論では発見があった」とされるのはこの領域だと思う。参加者は自分たちがトロイアを発見したシュリーマンになったような気分になり高揚する。

だけど、負け犬(第三区分)は?

そもそも話していて楽しくないし、頑張ってテコ入れしても第二区分、第四区分ほどのリターンが得られない可能性がある。サラリーマン社会で言えば“わかりやすい手柄”につながらない可能性があるのだ。
その結果、議論の順番としては最後になりがちだ。みんな疲れてるし、そろそろミーティングを切り上げて飲みに行きたい。

だから話が盛り上がらず、議論が深まらない。
「あの件は長期的な課題だ、だから今回はそっとしておこう」
と蓋を閉じてしまう。
人間は脳内の報酬系が発動しない出来事に関しては、距離を置いてしまいがちなものだから。


でも状況によっては、負け犬こそ真っ先に何とかしないといけない時もあるけどね。

 


■残されたピース

で、話はお好み焼きに戻る。
年末、仕事仲間とお好み焼きを食べに行き、豚玉とネギ玉の二枚を焼いた。前述の通り十字に切り分け、はむはむと食べ進めた。

しばらくして、鉄板の上に取り残された最後の一枚に気付いた。
話が盛り上がり、酒が進む中で皆から忘れられたのだ。
じりじりと鉄板に熱せられ、ジューシーさを失って固くなっていく。

誰かがこいつに向き合わなくてはいけない。

そう思った僕はコテを使ってその一枚を鉄板から救い出し、
その場で一番若いメンバーの皿の上に置いた。